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日本と米国の文化の違いとは?「和」のルーツから解析してみた

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近年、グローバル化が叫ばれる社会において、
米国の方と一緒に仕事をする機会がある方もいらっしゃると思います。

筆者も米国人と一緒に仕事をする時があるのですが、
お互いの考え方の違いと文化の差が邪魔をして、やり難さを感じる時があります。
日本の「和」と呼ばれる文化に対し、米国は「自由」を尊重する文化という、
真逆の文化を持っていることが原因なのでしょうが、
そもそもお互いの文化の違いとは、
具体的にどのようなものが挙げられるのでしょうか?

そこで今回は、日本と米国の文化の違いとは?
というところを、「和」のルーツから追って解析してみました。

双方の印象

まずは日本人と米国人、お互いの印象を実際に聞いてみました。

日本人から見た「米国人の印象」

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  • 結果が全てであり、仕事途中のホウレンソウが無い
  • まずは挑戦してみよう!というチャレンジ精神が強い
  • 英語が喋れない人に対して、もっと気を使って英語を喋ってほしい
  • 個人の自己主張が強い
  • 自分の仕事と他人の仕事がハッキリと分かれており、
    自分の責任外のことは関心が無い
  • 非をなかなか認めない。言い訳が多い。

米国は多民族国家であるが故に、価値観や思いが異なる人種が混在する為、
明確に言語化された情報が必要であり、言葉にしないと意思疎通が出来ません。
そのため、日本人から見ると、はっきりモノを言う印象があるのでしょう。

米国人から見た「日本人の印象」

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  • 真面目で勤勉
  • 意思決定に時間がかかる
  • はっきりとモノを言わない。まわりくどい。
  • 会議の開始時間はきっちり守るが、終わる時間が守られない。
    だらだらと続ける。
  • 礼儀正しい
  • 責任の所在が曖昧

日本は周囲の空気を読み、和を大切にする思いが強く、
相手を傷つけまいと争いを避ける傾向にあるが故に、
言葉を選び遠回しにモノを言う為、米国の方から見ると、
まわりくどい、はっきりしないといった印象を受けるのでしょう。

文化の違い

前述したように、お互いの印象が異なるのは、文化の違いによるものであります。
では、日本と米国は具体的にどのような文化を持っているのでしょうか?

米国

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  • 実力主義
  • 成果主義
  • 自身のキャリアアップを行うには、転職
  • 個人の自由を尊重
  • 自己責任
  • 自由と平等と独立の精神

米国は個人の自由を尊重する意向が強く、
働くも働かないも自由ですが、あくまでも自己責任であり、結果が全てです。

日本

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  • 年功序列
  • 終身雇用
  • 自身のキャリアアップを行うには、人事異動
  • 集団(和)を尊重
  • 連帯責任
  • 和の精神

日本は会社への帰属意識が強く、集団での調和を大切にする傾向にあり、
何かするにあたっても、上長の承認と、そのまた上の上長の承認が必要であったりと、
連帯で責任を取ることが多くあります。
優しい国ですね。

「和」のルーツ

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なぜ日本はこんなにも、米国と違いが起きるのでしょうか?

それは、大半の日本人がお互いの衝突を望まない、
「和」の精神を持っているからです。

では、なぜ日本人はそもそも米国人と異なり、
「和」の精神を持っているのでしょうか?
「和」のルーツについて紹介致します。

世界で最初の「和」

礼之用和為貴
出典:有子, 論語 第一章 学而

和の始まりは、紀元前6世紀頃、
孔子の弟子である有子がまとめた「論語」第一章 学而に記載されている、
「礼之用和為貴」という箇所にあるとされています。
「礼とは社会模範であり、社会人間関係は、一般常識や法律を守り、
優しい気持ちを持って調和することが大切なことである。」という意味を持ちます。

日本で最初の「和」

以和為貴
出典:聖徳太子, 十七条憲法 第一条

日本において、最初の和は6世紀頃、
聖徳太子が定めた十七条憲法 第一条「以和為貴」にあります。
以和為貴とは、「わをもって、とうとしとなす」と読み、
「仲良くすることが最も大切なことである」という意味です。

基本は前述した有子の「礼之用和為貴」と同じような意味であり、
この言葉は聖徳太子が、論語を参考にして生み出されたものとされております。

和の広まり

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日本では聖徳太子が十七条憲法を説いたことが、和の始まりとされておりますが、
識字率も低いなか、どのようにして日本全国に広がったのでしょうか?

これは1603年~1868年まで続いた徳川幕府の幕藩体制によるものです。
現代で言う年功序列、終身雇用といった「集団への帰属意識と忠誠心」を良しとする、
「和」の考えを湯島聖堂⇒藩校⇒寺子屋といった経路で、
藩士から農民に至るまで日本全国に広げたのです。

更には鎖国をすることで、
外国からの「実力成果主義」「自由と平等と独立の精神」等という考えの流入を防ぎ、
「和」の考えが日本全国に徹底され、現在にまで至るのです。

終わりに

元々は農民の反乱を防止する目的で取られた徳川幕府の政策の一つが、
「日本人=和」という考えを生むことになりました。

グローバル社会となった昨今では、
和を尊ぶ日本の考えを良しとするのか、自由を尊ぶ米国の考えを良しとするかは、
個人の選択次第という世の中になりました。

しかし、便利な世の中になった反面、
文化の異なるもの同士が共同作業をする機会も格段に増えたこともあり、
より一層、お互いの文化を尊重し、理解しあうことが
現代のグローバル社会において、求められていることではないでしょうか。

以上、
「日本と米国の文化の違いとは?「和」のルーツから解析してみた」を
ご紹介しました。

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